連載エッセイ「日々の徒然」

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◎第9回(2000/10/11)

ブラスアンサンブル・フェスティバルにて

和気 愛仁
そのホールは、どうにも使い勝手の悪いホールだった。何度も何度も道に迷ってしまう。

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年に一回、全国各地からたくさんのブラスアンサンブル愛好家たちが集い、「ブラスアンサンブル・フェスティバル」という催し物が行われる。毎年いろいろな地方に行って地酒を飲み、気の措けない仲間たちと大騒ぎをするという、とても楽しみな行事だ。今回私はピストンクラブの一員として、スザートの舞曲集を演奏する予定であった。

話はそのコンサート当日の朝のこと。

ホールに付属する会議室。リハーサルの進行の裏で、みんなが音出しをしている。もちろん自分もだ。ふと、みんなの足下にリコーダーが転がっていることに気がついて、愕然とした。

「リコーダー忘れた!!!」

演奏する予定のスザートの舞曲集は、前回の定期演奏会で取り上げたものだ。この編曲は、トランペットアンサンブルの中にリコーダーアンサンブルを盛り込むという新機軸を取り入れたものであった。その肝心のリコーダーを忘れてしまった。

私の担当はテナーリコーダー。一瞬、町の楽器屋に問い合わせてみるか、という考えが浮かんだが、こんな地方都市では、

「お取り寄せに2週間ほどかかります」

とかいわれるのがオチだろう。

なにせ「ブラスアンサンブル・フェスティバル」だ。ほかにリコーダーなんて持ってきてる団体、まずないだろう。そう思いつつも、私はそこらあたりを物色するように、小走りで見回り始めた。

念ずれば通ず、というのだろうか。

しばらくホール中を走り回ったあとで、先ほどの会議室の中に、木製のテナーリコーダーがスタンドに立てられているのを発見した。ローズウッドのめちゃめちゃ高そうなやつだ。私は近くにいる人に、これは誰のものかと尋ねてみた。何とかブラスの何とかさん(お名前失念)のだという。女性だった。私はその人を捜し、なんとか貸してもらえないだろうか、と頼んでみたが、答えはただ一言、

「いやです」

だった。頭がむさ苦しかったのか、あるいは口が臭かったのか。

ピストンクラブのリハの時間中も、私は楽器を求めて走り回っていた。みんなすでに礼服に着替えている。

今思えば、なぜその時点でピストンクラブの面々に相談しなかったのか不思議なのだが、とにかく、さんざん走り回ったあげく、いつの間にかもう開演、という時刻になっていた。

会場を見ると、もうすでに満席だ。不思議だ。こんなに入っている。そして、その客席の中に、ピストンクラブの面々の姿があった。

太鼓が鳴り、第一クワイアが歩きながら入場していく。

ちょっと待ってくれよ、こっちはまだ楽器の準備ができてないんだ。いくらオレが第2クワイアだからってひどいじゃないか。

だが、みんなの服装がなぜかまた普段着に戻っている。

あれえ???

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「うにゃあ?」

枕元で猫がマヌケな声を上げる。となりで寝ていたはずの嫁さんの姿はもうなかった。とっくに仕事に出かけていったようだ。

「えーと、今日は・・・」

フェスティバルはまだ1ヶ月以上も先のことだった。ほっとしつつも、なんだかぐったり。二度寝したのが悪かったかな。私はむっくり起きあがると、遅い朝食の準備を始めることにした。

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私はものを探し回る夢をよく見る。以前も、パンツを探し回って巨大な屋内プールをフルチンで走り回る夢を見たことがある。

みなさん忘れ物にはくれぐれもご注意を。


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